またもやクリント・イーストウッド監督作品。
本当に彼の作品ははずれが無い。
ハドソン川の奇跡、でもあったように実話ベースの話。
その時々の社会の現実を切り取っている。
細かいストーリーや感想はここには書かないが、とにかく良い。
その他に今回感じたこと。
作品には「悪人」が出てくる。「悪」とか「不正」とかが出てくる。
不正、失敗を隠蔽し、主人公、また他の人々を迫害する警部、精神病院、医者。
自分の保身のためなら、どんな冷酷な事もできる。
どんな不正も隠すことができる。
そして、子供達を惨殺する殺人鬼。
感情的に感覚的には「これはおかしいだろう」と思う。
だが、物語の最後、それは一方的な断罪に見えてくる。
この物語では明らかにはしていないが、
つまり、この断罪される矛先にある「悪」「不正」は
俺の中にあり、また社会にある皆の中にもあるのだ。
イーストウッドはそう言っているように見える。
俺は保身をしないか?
社会の皆は保身をしていないか?
皆、自分のために人を犠牲にした事はないか?
善良である事、それは善良である事と自分を守ることが
相反しない時だけだ。自分を守ることが善良さと対立した場合、
善良さを貫くことはできない。多くの場合。
そして、悪と善も結局くるくると変転する。
その時に善だったであろう者も、次の時は悪になる。
ある方向から見たら悪でも、その中では善になる。
全てが相対的、という訳ではなく、絶対的な物も確かに存在するとは
思うのだが、どれを絶対だと確実にいえる物が今の俺には無い。
しかし、「何か」があるとは思える。
物語の中で「女は」「弱い」というキーワードが出てくる。
弱さ、強さ。
弱者は正義を貫くことができない。結局彼女も周りの強力な助けがあって
なんとか不正をあばく事ができた。
一方、不正を隠蔽していた警察(警部、本部長、市長)も強かった。
だが、正義を貫くことができなかった。
無論、今回のストーリーで言う、悪=怠慢=隠蔽は、彼らの全体的な
功績に比べればもしかしたら小さかったのかもしれぬ。
秩序を守った80点の正義の功績の他の20点の失敗かもしれぬ。
それは俺にはわからないし、現実社会では20点の功績で80点の失敗
のような事例は山ほどあるだろう。
わからない。
わからないが、何かがあるように見える。
真実は霧の中で、いくら探しても見つからないとは思うが
俺は俺の道で真実を追究したいものだ。
***************
おまけ
1)見終わってから主演がアンジェリーナ・ジョリーと知ってびっくり。
目が大きい人だなあと思ってたが、アクション女優のイメージが
強かったが静かな演技もいい。
キャスティングは誰かはわからないがプロデューサか?
イーストウッドか?いずれにせよ、アカデミー主演女優賞を取っただけの
事はある。
2)音楽にイーストウッドの名前があった。いい音楽だった。
派手ではないが、いい。
3)最近の作品と思ってみたら10年前。 俺にしてみると10年前は
最近だなあ。
2019年4月27日土曜日
2019年4月14日日曜日
失敗について2
他人の間違いを見聞きする。
でも本人はその間違いが全然認識できない。
明らかな間違いで、他人からも指摘されるのだが、
本人はその間違いを認識できない。
て事はだ。
俺も同じ事をやっているはずだ。
多分やってる。
だから、自分の「正しさ」に対して常に疑問をもたなくちゃならない。
塩野七生さんが「加齢ではなく成功体験」が保守化の要因になっていると書いている。
年を取ると原因と結果のルールベースが経験から
作り出されていく。
それは非常に便利なツールなのだが、半面キケンな所もある。
当然、結果というのは現象を正しく捉えなければ当然間違えてしまう。
って事だから。
だから、現状認識の時に、ああ、これ、前にやった事だね、と思って
手抜きすると、判断を間違えさせる要因になるはず。
でも本人はその間違いが全然認識できない。
明らかな間違いで、他人からも指摘されるのだが、
本人はその間違いを認識できない。
て事はだ。
俺も同じ事をやっているはずだ。
多分やってる。
だから、自分の「正しさ」に対して常に疑問をもたなくちゃならない。
塩野七生さんが「加齢ではなく成功体験」が保守化の要因になっていると書いている。
年を取ると原因と結果のルールベースが経験から
作り出されていく。
それは非常に便利なツールなのだが、半面キケンな所もある。
当然、結果というのは現象を正しく捉えなければ当然間違えてしまう。
って事だから。
だから、現状認識の時に、ああ、これ、前にやった事だね、と思って
手抜きすると、判断を間違えさせる要因になるはず。
2019年3月18日月曜日
映画「ぼくのエリ 200歳の少女」見た
良い。
「設定に驚きは無い」
「先の展開は完全に読める」
「圧倒的な映像美があるわけではない」
「息をもつかせぬ展開がある訳では無い」
「音楽が取り立てて派手なわけでもない」
「斬新な演出があるわけではない」
しかし。
良い。とにかく良い。
目が離せない。
結局、俺のような古典的な人間にはギミックなど必要ないのだ。
もちろん、ギミックがあってもいい。
だが、ギミックは必須ではないのだ。
では、何が大事だったのだろう。
何が良かったのだろう。
バンパイヤの少女と言う設定から、ストーリーとしては
「ポーの一族」、「人魚の森」に近いものがある。
(もちろん絵的なテイストは違うが。)
もしかしたらジョジョやイシャーの武器店、にも通じるかも。
キーとなるものは、やはり感情、なのか。
どんな生でも、それでも生きている、って言う。
言葉にすると薄っぺらい。
やはり、これは作品になっている事の良さだろう。
原作者ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストが脚本。
監督はトーマス・アルフレッドソン。
どちらが俺の心に刺さったかわからないが、とにかく刺さった。
いや、もしかしたら俳優かもしれん。
確かに主演のカーレ・ヘーデブラントは良かったし、
助演(ダブル主演?)のリーナ・レアンデションも良かった。
この二人の魅力は確かにあった。
しかし、やはり作品としての総合力の印象の方が強い。
こういう作品を作りたい。
一般的には否定的な修飾語がつく作品だろう。
ギミックがほぼ感じられない。「設定に驚きは無い」
「先の展開は完全に読める」
「圧倒的な映像美があるわけではない」
「息をもつかせぬ展開がある訳では無い」
「音楽が取り立てて派手なわけでもない」
「斬新な演出があるわけではない」
しかし。
良い。とにかく良い。
目が離せない。
結局、俺のような古典的な人間にはギミックなど必要ないのだ。
もちろん、ギミックがあってもいい。
だが、ギミックは必須ではないのだ。
では、何が大事だったのだろう。
何が良かったのだろう。
バンパイヤの少女と言う設定から、ストーリーとしては
「ポーの一族」、「人魚の森」に近いものがある。
(もちろん絵的なテイストは違うが。)
もしかしたらジョジョやイシャーの武器店、にも通じるかも。
キーとなるものは、やはり感情、なのか。
どんな生でも、それでも生きている、って言う。
言葉にすると薄っぺらい。
やはり、これは作品になっている事の良さだろう。
原作者ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストが脚本。
監督はトーマス・アルフレッドソン。
どちらが俺の心に刺さったかわからないが、とにかく刺さった。
いや、もしかしたら俳優かもしれん。
確かに主演のカーレ・ヘーデブラントは良かったし、
助演(ダブル主演?)のリーナ・レアンデションも良かった。
この二人の魅力は確かにあった。
しかし、やはり作品としての総合力の印象の方が強い。
こういう作品を作りたい。
2019年2月24日日曜日
ミス・技術・世界
技術屋として35年位仕事をしている。
ミスの影響について分析した事を書く。
1.ミスの発生確率
1)単純モデル
ミスは必ず起こる。様々な要因で。
人間的な単純ミス、ハード的な部品故障、設計時の勘違い、
複数の会社の作る部品の納品違い、設計時と製造時の担当部署で
コミニュケーション不足でのカン違い。
とにかく間違える可能性は無数にある。
そしてシステムが複雑、大規模になればなるほど、その間違える
可能性は飛躍的に増大する。
例えばスイッチ、電池、LED、配線、筐体からなるライトを
モデルとして考えてみよう。部品要素は5つだ。
設計フェーズ
世界中に10種類の電池がありそのうち1種類以外だと動かない。
それが5部品あるから100,000種類のうち正しい部品以外を
選ぶと正常動作しない。確率10万分の1だ。
それを検証するには人間が行うが、それには応じた時間がかかる。
製造フェーズ
故障率が1%だとすると部品5個のライトは大体5%は不良になる。
2)複雑化した時
さて、システムが複雑化するとミスの可能性が増大する。
携帯、金融システム、国家システム。
例えば携帯で1000個の部品が使われていたら、上記で言うと
正常動作する確率は10の1000乗分の1。ほぼ異常動作。
そして故障率はほぼ100%だ。
もちろん事前にミスを防ぐシステムはあるし、自動修復する
技術があるからシステムが増えて悪い方向はかりでは無い。
しかし、逆に部品内部でのトランジスタレベルで考えると
1000個とかではなく、数千万個のレベルになるし、
故障自動修復するシステムがあっても、それ自体もミスする
可能性はある。
だから、モデル化する事自体が困難だが、システムが複雑化すると
飛躍的にミスの発生確率が上がる事は間違いない。
そして、システムが巨大化し、金融システム、国家システム、
となると10の数百乗レベルでミスは発生する。
2.ミスの与える影響
ミスの影響は大きく3種類ある。
100万個の場所のうち、1個が壊れたとかミスしていたとしても、
その場所により、システムに与える影響が大きく変わってくる。
1)その場所で現象が発見でき、原因も修復も容易で影響が限定的
ライトの電池が逆に入っていて、正常な方向にしたら直った、とか。
2)システム全体への影響が少ないので現象がなかなか発見されないが
壊滅的にはならない。
例えばPCに入っていた音楽の曲名が文字化けして一部読めない、とか。
3)システムへの影響が甚大で壊滅的。トラブルを予測できない、
原因の特定が困難か、原因は分かっても直せない。
携帯のWifiが繋がらない。
ファストフードでのツイッターテロ。
消えた年金。
公害。
津波時の電源喪失による原発メルトダウン。
戦争の発生。 少子化による経済の停滞。
環境汚染物質による生物への影響。
3.世界はどう対処しているのか?いたのか?
1)従来
複雑なシステムの原因を特定、修復するのは、最初に作るより
難しい。だから正しく機能している(と思われる)
別のシステムと交換する、というざっくりした手段の方が
有効、というか、コストエフェクティブになる。
携帯が壊れた→直すより買い換える
コンビニがヤバイ→別のコンビニに行け
国が壊れた→難民となって他の国になだれ込む。
2)問題点
複数無いものはそもそも選べない
個人はかけがえの無い個人。
お母さんは沢山いるが、特定の人のお母さんは1人。
代わりの機能をさせる事はできるかもしれないが、
それは機能互換性でしかない。
人間の考えたシステムは効率化を考慮して一極集中するのが普通。
市場が成熟すると、経営リソースを集中した方が強いので
企業が寡占状態になり、選ぶ余地が減ってくる。
アマゾン、グーグル、セブンイレブン。
一極集中の弊害はミスが発生した時に代替がなくなってしまう。
地球。グローバリゼーションが進み、地球が一つとなるとそれ以外を選べない
ミスの影響について分析した事を書く。
1.ミスの発生確率
1)単純モデル
ミスは必ず起こる。様々な要因で。
人間的な単純ミス、ハード的な部品故障、設計時の勘違い、
複数の会社の作る部品の納品違い、設計時と製造時の担当部署で
コミニュケーション不足でのカン違い。
とにかく間違える可能性は無数にある。
そしてシステムが複雑、大規模になればなるほど、その間違える
可能性は飛躍的に増大する。
例えばスイッチ、電池、LED、配線、筐体からなるライトを
モデルとして考えてみよう。部品要素は5つだ。
設計フェーズ
世界中に10種類の電池がありそのうち1種類以外だと動かない。
それが5部品あるから100,000種類のうち正しい部品以外を
選ぶと正常動作しない。確率10万分の1だ。
それを検証するには人間が行うが、それには応じた時間がかかる。
製造フェーズ
故障率が1%だとすると部品5個のライトは大体5%は不良になる。
2)複雑化した時
さて、システムが複雑化するとミスの可能性が増大する。
携帯、金融システム、国家システム。
例えば携帯で1000個の部品が使われていたら、上記で言うと
正常動作する確率は10の1000乗分の1。ほぼ異常動作。
そして故障率はほぼ100%だ。
もちろん事前にミスを防ぐシステムはあるし、自動修復する
技術があるからシステムが増えて悪い方向はかりでは無い。
しかし、逆に部品内部でのトランジスタレベルで考えると
1000個とかではなく、数千万個のレベルになるし、
故障自動修復するシステムがあっても、それ自体もミスする
可能性はある。
だから、モデル化する事自体が困難だが、システムが複雑化すると
飛躍的にミスの発生確率が上がる事は間違いない。
そして、システムが巨大化し、金融システム、国家システム、
となると10の数百乗レベルでミスは発生する。
2.ミスの与える影響
ミスの影響は大きく3種類ある。
100万個の場所のうち、1個が壊れたとかミスしていたとしても、
その場所により、システムに与える影響が大きく変わってくる。
1)その場所で現象が発見でき、原因も修復も容易で影響が限定的
ライトの電池が逆に入っていて、正常な方向にしたら直った、とか。
2)システム全体への影響が少ないので現象がなかなか発見されないが
壊滅的にはならない。
例えばPCに入っていた音楽の曲名が文字化けして一部読めない、とか。
3)システムへの影響が甚大で壊滅的。トラブルを予測できない、
原因の特定が困難か、原因は分かっても直せない。
携帯のWifiが繋がらない。
ファストフードでのツイッターテロ。
消えた年金。
公害。
津波時の電源喪失による原発メルトダウン。
戦争の発生。 少子化による経済の停滞。
環境汚染物質による生物への影響。
3.世界はどう対処しているのか?いたのか?
1)従来
複雑なシステムの原因を特定、修復するのは、最初に作るより
難しい。だから正しく機能している(と思われる)
別のシステムと交換する、というざっくりした手段の方が
有効、というか、コストエフェクティブになる。
携帯が壊れた→直すより買い換える
コンビニがヤバイ→別のコンビニに行け
国が壊れた→難民となって他の国になだれ込む。
2)問題点
複数無いものはそもそも選べない
個人はかけがえの無い個人。
お母さんは沢山いるが、特定の人のお母さんは1人。
代わりの機能をさせる事はできるかもしれないが、
それは機能互換性でしかない。
人間の考えたシステムは効率化を考慮して一極集中するのが普通。
市場が成熟すると、経営リソースを集中した方が強いので
企業が寡占状態になり、選ぶ余地が減ってくる。
アマゾン、グーグル、セブンイレブン。
一極集中の弊害はミスが発生した時に代替がなくなってしまう。
地球。グローバリゼーションが進み、地球が一つとなるとそれ以外を選べない
2018年5月19日土曜日
わたしと小鳥と鈴と
この前東京で見た。
電車の中で何組も見た子供連れ。 特に母親は「人に迷惑をかけないように」
の意識が強いのか、もの凄く遠慮しつつ電車に乗っている感じがした。
確かに人に迷惑をかけてはいけない。言葉で言えば。
アンタら勝手に子供作って勝手に外出してるんだ。ワタシの邪魔をするな。
でも、子供は、赤ん坊はそんな理屈聞いてくれない。
社会と子供の板ばさみになるのは親。
日本の社会全体が他者に神のような絶対的正しさを求めてる。
https://twitter.com/yoshimuramanman/status/996034472154808320
そして安くて質の良いものを求める僕ら消費者がブラック企業を作っている。
https://twitter.com/hose0123/status/993697270116708353
確かに世界の中の日本を考えたら、興隆してくるアジア・アフリカの
経済力を考えたら日本も停滞はしていられない。
今の政治経済でのバッシング、何かベクトルが違うと思う。
努力する方向が違うんじゃないか。
当然、そうなんだ。客の立場としては当たり前な事だし、上昇志向は大切。
電車の中で何組も見た子供連れ。 特に母親は「人に迷惑をかけないように」
の意識が強いのか、もの凄く遠慮しつつ電車に乗っている感じがした。
確かに人に迷惑をかけてはいけない。言葉で言えば。
アンタら勝手に子供作って勝手に外出してるんだ。ワタシの邪魔をするな。
でも、子供は、赤ん坊はそんな理屈聞いてくれない。
社会と子供の板ばさみになるのは親。
日本の社会全体が他者に神のような絶対的正しさを求めてる。
https://twitter.com/yoshimuramanman/status/996034472154808320
そして安くて質の良いものを求める僕ら消費者がブラック企業を作っている。
https://twitter.com/hose0123/status/993697270116708353
確かに世界の中の日本を考えたら、興隆してくるアジア・アフリカの
経済力を考えたら日本も停滞はしていられない。
努力する方向が違うんじゃないか。
言ったほう、要求した方は要求したから、言ったから責任を逃れた
みたいな感じになってる。
自分もそうなんだがね。
芝居をしていても、つい、高みとか精度とか求めちゃうんだよ。当然、そうなんだ。客の立場としては当たり前な事だし、上昇志向は大切。
確かにね。
安易にお互いの欠点を容認しあうのも本当の優しさでは無い気がする。
安易にお互いの欠点を容認しあうのも本当の優しさでは無い気がする。
なんだけどさ。
キーになるのは当事者意識じゃないのかな。
批判も批評も、回りから見た、顔の無い傍観者の意識ではなく、
当事者としての意見だったら、それって建設的な事じゃないかな。
良く知られた金子みすずさんの詩
http://iso-labo.com/labo/words_of_MisuzuKaneko.html#watashitokotoritosuzuto
甘っちょろい許しあいは不毛だけれど
できもしない事を期待するのはもっと不毛。
要求するほうが逆に不誠実なんじゃないかな。
2018年5月7日月曜日
ハコブネ2040
西暦2040年。
地球は死に瀕していた。
温暖化による異常気象、温室化ガスの膨大な放出、海面上昇、巨大地震、環境汚染。
身を守る術が無い希少種がまず絶滅していった。
そして次に人間環境の近くにいる動植物相もつぎつぎと絶滅していき、
残る生物は人類と人類のために生きている共生種のみ。
ゲノムの多様性は失われ地球には人類とその僕だけしか残らなくなっていた。
しかし、その人類もまた安泰ではなかった。
人種、国境、階級、主義、宗教。自分達以外の存在を認めない狭量な
精神がお互いを罵り合い殺しあう。
富める者はより富み分配しようとせず、貧しい者はより貧しくなっていく。
人々の協調性は萎縮し進取の気質は失われていった。
西暦2040年。
地球は死に瀕していた。
「ハコブネ2040」
地球は死に瀕していた。
温暖化による異常気象、温室化ガスの膨大な放出、海面上昇、巨大地震、環境汚染。
身を守る術が無い希少種がまず絶滅していった。
そして次に人間環境の近くにいる動植物相もつぎつぎと絶滅していき、
残る生物は人類と人類のために生きている共生種のみ。
ゲノムの多様性は失われ地球には人類とその僕だけしか残らなくなっていた。
しかし、その人類もまた安泰ではなかった。
人種、国境、階級、主義、宗教。自分達以外の存在を認めない狭量な
精神がお互いを罵り合い殺しあう。
富める者はより富み分配しようとせず、貧しい者はより貧しくなっていく。
人々の協調性は萎縮し進取の気質は失われていった。
西暦2040年。
地球は死に瀕していた。
「ハコブネ2040」
2018年4月23日月曜日
ドクトル・ジバゴを見た
古き良き映画。
長い。
3時間20分もある作品で、若い頃見た時はとてつもなく退屈だった。
今もずっとは見ていられないので細切れで見ているんだが、
もう2回目を見ている。
ロシア革命、美女、詩、俗物、不倫、戦争、飢え、裏切り。
全てがリアルな感じがする。
もちろん、映画だし、ストーリーだって展開だって見せ方だって
いわゆる「リアル」では無いはず。
ご都合主義で、こんな事あるわけない、と言う話しなのかもしれん。
だが、そんなアラを探す気にならない。
結局、世の中にはこういう事はあるだろう、という個別のストーリー、
エピソードの寄せ集めのような気もする。
そして、全ての感情がリアルなんだ。
ストーリーなんかではない。感情がリアルなんだ。体験がリアルなんだ。
主人公のユーリもラーラも、普通の人間。善も強さももつと同様
弱さ、ずるさ、も持つ。でも、だからこそ気持ちに訴えてくるのかも。
成人君子、正しいだけ、強いだけの人間には共感できない。
努力して、正しい道を歩もうとして、幸せになろうとして、
でもなれなくて、運命に翻弄される存在。人間の悲しさ。
だから気持が伝わり、リアルなんだ。
そして、美しいヒロイン、ラーラ。
ためしに女優のジュリー・クリスティーを見てみる。
もちろん、美しい。
しかしラーラの美しさでは無い。
ロシア革命の中を生きて死んだこのラーラではない。
ジバゴが詩を捧げた、作家ボリス・パステルナークが書いた、
監督デビッド・リーンが作った、女優ジュリー・クリスティーが、
そして俳優オマーシャリフが作った美しい幻。
音楽のモーリス・ジャールが作る美しい世界の中の
存在だからこそラーラは美しいのだ。
素晴らしい映画だ。
長い。
3時間20分もある作品で、若い頃見た時はとてつもなく退屈だった。
今もずっとは見ていられないので細切れで見ているんだが、
もう2回目を見ている。
ロシア革命、美女、詩、俗物、不倫、戦争、飢え、裏切り。
全てがリアルな感じがする。
もちろん、映画だし、ストーリーだって展開だって見せ方だって
いわゆる「リアル」では無いはず。
ご都合主義で、こんな事あるわけない、と言う話しなのかもしれん。
だが、そんなアラを探す気にならない。
結局、世の中にはこういう事はあるだろう、という個別のストーリー、
エピソードの寄せ集めのような気もする。
そして、全ての感情がリアルなんだ。
ストーリーなんかではない。感情がリアルなんだ。体験がリアルなんだ。
主人公のユーリもラーラも、普通の人間。善も強さももつと同様
弱さ、ずるさ、も持つ。でも、だからこそ気持ちに訴えてくるのかも。
成人君子、正しいだけ、強いだけの人間には共感できない。
努力して、正しい道を歩もうとして、幸せになろうとして、
でもなれなくて、運命に翻弄される存在。人間の悲しさ。
だから気持が伝わり、リアルなんだ。
そして、美しいヒロイン、ラーラ。
ためしに女優のジュリー・クリスティーを見てみる。
もちろん、美しい。
しかしラーラの美しさでは無い。
ロシア革命の中を生きて死んだこのラーラではない。
ジバゴが詩を捧げた、作家ボリス・パステルナークが書いた、
監督デビッド・リーンが作った、女優ジュリー・クリスティーが、
そして俳優オマーシャリフが作った美しい幻。
音楽のモーリス・ジャールが作る美しい世界の中の
存在だからこそラーラは美しいのだ。
素晴らしい映画だ。
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